2016年3月31日木曜日

初めて祖谷の「かずら橋」を渡ってきた

日本の古い橋の中で、特に構造が変わっている橋のうちベスト3を「日本三大奇橋」というそうです。山口県岩国川の「錦帯橋」、山梨県桂川の「猿橋」、そして3つめが徳島県祖谷川の「かずら橋」。この「かずら橋」に行ってきた。

(ちなみに、「日本三名橋」といえば、東京の日本橋、 山口の錦帯橋、長崎の眼鏡橋を指すそうです)

「かずら橋」は、渓谷の大歩危(おおぼけ)、小歩危からさらに山の中に入った徳島県三好市西祖谷山村にある。サルナシ(しらくちかずら)などの葛類を使って架けられた原始的な吊り橋。

外国人を含めていっぱい人がいた。渡る料金が550円もした。足下もかずらと木製でできていて、そのすきまが大きく、足がすっぽり入るほど。そのため、手すりに手でしがみつきながら一歩づつ歩いていくしかない。

中国人らしき集団は、遠慮を知らず、1人づつ中央に立って写真を撮るため、立ち往生させられた。ここでも中国人か、と思った。

かずらの橋は長持ちしないようで、3年に一度架け替えしており、それが1ヶ月もかかるそうなので、行く時には十分情報をとっておかないといけなかったが、今回は運がよかった。


かずら橋1

かずら橋2
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2016年3月30日水曜日

そうだったのか:「餃子の王将」と「大阪王将」の違い

ご存知のとおり、「餃子の王将」は中華料理チェーン店。何年も前から似た名前の「大阪王将」というのが現れたが、どう違うのか調べてみてビックリ。
「餃子の王将」を運営する王将フードサービスは、1967年に創業後、京都を拠点として店舗展開していた。1969年大阪で出店したいという親族に「餃子の王将」としてのれん分けした。ところが、親族の店が京都まで進出することになって、裁判になり最終的に和解して「大阪王将」になった。
現在ではそれぞれ独立した中華料理チェーンで、「餃子の」という名称は本家の王将フードサービスのみが使用できる。

「大阪王将」は、看板に大阪城が書かれていて(↓よく見ると大阪城!)、目立つ赤と黒の外装で居酒屋雰囲気で、「餃子の王将」と比較してメニューも豊富。














両店で餃子の味も少し違っていて、好みかもしれないが、「餃子の王将」が「パリッ」「モチッ」とする皮の感触も含めて美味しいと思う。

ずいぶん以前だが、大阪京橋で「王将」(たぶん大阪王将1号店)に入ると、メニューは餃子しかなかった。客はおじさんばかりで、ビールといっしょに頼んでいた。

ところで、一人前の餃子の値段が関東と西日本で違っていて、240円と220円だそうです。東京はなんでも高くつくのかも。


餃子の王将
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2016年3月29日火曜日

スクープ:ダッシュ島を実際に見に行く方法があった

「ザ! 鉄腕! DASH!!」は、ご存知のとおり、 日本テレビ系列で日曜19時からのゴールデンタイムに放送されているTOKIO出演の番組。

現在の看板企画の1つは、「ダッシュ島」。無人島でTOKIOがこれまで番組で得た知識・技術を結集して開拓し、島に「小さな日本」を作ることを目指す、というもの。基地となる舟屋、井戸やトロッコの線路などを建設したり、自然からの食料を開発している。

この「ダッシュ島」がどこにあるかについて、以前のBlogでご紹介したとおりで、山口県周防大島と愛媛県松山市との間の由利島(ゆりじま)。大小二つの島が砂州でつながった形をしていて、それぞれ大由利、小由利と呼ばれている。

Googleマップのココで航空写真がみれる。このマップを少し縮小してみると分かるのだが、愛媛県松山三津浜港と山口県柳井港を結ぶ防予フェリーの航路が近くを通っている!

たまたま四国から防予フェリーに乗っていてこれに気がついた。スマホのGoogle マップで島と自分の船の位置を確認すると、目の前の島が「ダッシュ島」ということが分かった。

大由利と小由利の2つ島がつながっていて、あの辺に船屋があって、トロッコの線路があって、、と想像するだけで楽しい。

船の航路は、島から2-4kmほど離れている。この日は、PM2.5のため霞んでいたので、くっきりとはいかないが、空気がきれいな日ならかなり見えると思う。見に行きたい人は、双眼鏡を準備するとよいです。三津浜港と柳井港の間に乗っている時間は2時間30分ですが、「ダッシュ島」は30-40分見え続けます。柳井港発の方が島に近い航路をとるので、こちらがおススメ。

今後、防予フェリーは、「ダッシュ島が見れる」ということで、賑わうことになるかも。フェリーのHPはココ。防予フェリーの関係者の方、うまく宣伝しましょう、今がチャンスです!!


ダッシュ島3
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2016年3月28日月曜日

書けなくなったボールペンを復活させるコツ

ボールペンが突然書けなくなって、なかを開けてみるとまだインクは残ってるのにと、くやしい思いをすることは多々ある。特に100円ショップで買った中国製のボールペンは、イケません。

書けなくなったボールペンを復活させるコツをご紹介。

その前に、ボールペンが書ける構造を復習。

ボールペンを分解すると、本体の中から金属の先端に長いチューブがついたものが出てくる。インクはチューブ内に入っている。このインクを出す構造を、ボールペンの芯とか「リフィル」と呼んでいる。

先端に、直径0.7 mmの金属の球が「受座」にはめ込まれていて、このボールが紙面で回転することにより、チューブ内のインクがペン先表面に送られて、線を書くことができる。

まだインクは残ってるのに、ボールペンが書けなくなくなる理由は2つ。

1つめは、先端の構造はかなり精密なので、床などに落としてペン先を傷めると、金属球と受座との関係や、金属球そのものの変形が起こり、インクの出が悪くなる。

2つめは、インクが受座と金属球のすきまに詰まって固まったり、空気が入ってインクが出ない状態になっている場合。

1の場合、落とした後などに起こるので、理由がはっきりして気がつくはず。多くは2の場合が多い。

さて、それではどのように復活させるか?トライする順番で説明します。

  1. 誰でもがやることですが、インクが出るまで紙にしばらく書き続ける。これは、固まっているインクを除いて、金属球がスムースに回転するようにするのが目的。この時、イライラして、力を加えすぎないこと。先端の構造は繊細!
  2. 油性のインクの場合(ふつうのボールペンは油性)、消毒用アルコールもしくは、除光液(プロピレングリコール類含有のもの)をティッシュに染み込ませ、ボールペンの先端をグリグリして、固まっているインクを除く。(水性のインクの場合は、水をティッシュに染み込ませて同じことを行なう。)
  3. 先端にインクが行くように何度も振る。(詰まっていた空気を除く)
  4. 輪ゴムの輪の中にボールペンの芯を入れ、輪ゴムの両端を持ってねじり、解放すると遠心力でインクがより先端に移動する。
  5. 50度のお湯に浸けるかドライヤーで温める。固まっているインクを柔らかくすることが目的。ネットにライターで少しあぶるというのもあったが、経験的にはほとんどうまくいかない。
  6. ビニール電線から細い銅線を取り出し、お尻から入れてインクを先端まで動かす。
上のすべてをやっても効果なければ、残念ですが諦めましょう。本体が高級な場合、他の余っている安いボールペンのリフィルを、ヘッドサイズがあっていれば、再利用することもできます。長さが長ければ、ハサミで適当な長さに切って使えます。文房具店によっては、リフィルだけを売ってくれるお店もあります。

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2016年3月27日日曜日

「ガッツ石松」からこの名文句

ガッツ(Guts) というのは、英語では「内蔵」という意味とともに、「根性、やる気」という意味がある。

往年のプロボクサーのガッツ石松は、1974年にアジア人で初のWBC世界ライト級チャンピオンになる。その後77年までにタイトルを5度防衛した。

リングに上がる時には、「森の石松」よろしく三度笠片手に、道中合羽を羽織って花道を進んだ。

1974年4月11日、ガッツ石松は、WBC世界ライト級チャンピオンのゴンザレスに8ラウンドKO勝利する。この時両手を上げて勝利の喜びを表した。これを当時のスポーツ記者が「ガッツポーズ」と表現した。「ガッツポーズ」という名文句が生まれた瞬間だった。

「ガッツポーズ」は、いくつかのスポーツでは控えることになっている。特に日本の柔道などの武道は、ただ勝てばよいのではなく負けた相手のことも気遣う礼儀も大事とされる。

相撲でも同じで、横綱朝青龍が大相撲の土俵で「ガッツポーズ」して厳重注意されている。日本の心や礼儀は大事だと思うので、残すべきところには残しておいてよいと思う。「心の中でガッツポーズ」すればよいのだから。



ガッツ石松
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