2018年5月20日日曜日

宇部空港バラ園が見頃で大人気です。


山口宇部空港ターミナルビルのバラ園が見ごろです。

昨年、バラ好きの方に見る価値ありと聞いて出かけ、その素晴らしさに納得。今年も、開花時期になったので、行ってきました。

宇部空港は駐車が無料なのがうれしいのですが、駐車場がほぼ満車になるくらい人が来ていました。

国内ターミナルビルの前の道路の両側がバラの通り抜けになっていて、さらに国内ターミナルビルと国際ターミナルビルの間にバラ園がある。バラの足元にネームカードが付いているので、品種などが分かる。

空港のHPによると、約160品種、約1000株のバラがあるということだ。国内線1階案内所にはパンフレットがあり、マップはHPにもあってココ

バラ園は2013年から始まっている。無料でこれだけ立派なバラをいっぱい見れるのがうれしい。クラブツーリズムの観光バスが止まっていたので、ここも観光コースにしているのかも。

見る価値アリです。



2018年5月19日土曜日

山菜と間違えてイヌサフランを食べ死亡も 注意点


先日、イヌサフランを山菜のギョウジャニンニクと間違えて食べた人が、食中毒で亡くなったというニュースがあった。

北海道の人で、自宅敷地に生えていたギョウジャニンニクを採取した時に、イヌサフランも一緒に採り、ジンギスカンに入れて食べて中毒になった。

これまでにも、イヌサフランによる中毒や死亡例が時々起きている。

イヌサフランは、コルヒチンという細胞内の微小管を破壊する猛毒が含まれている。下痢や嘔吐のほか、肝障害や呼吸不全を起こす。

イヌサフランの葉はギョウジャニンニクによく似ている(↓)。区別するには、葉を少しとって、指で揉んで潰すとニンニク臭がするのが、ギョウジャニンニク。

イヌサフランのりん茎はジャガイモやタマネギと間違えられたこともある(↓)。

また、名前のように、サフランとも似ているので、パエーリアに使うサフランと思って雄しべを間違って使う事故も起こっているそうだ。


イヌサフランの花












サフランの花













イヌサフランの鱗茎












ギョウジャニンニクとの比較

2018年5月18日金曜日

こんなに新しくなった新山口駅


久々に新山口駅に行って来た。数年前にリニューアルされてだいぶ綺麗になったのが、今回行くとさらに変化していた。ほぼリニューアルを完成したみたい。

これまでは、在来線側は階段を歩いて登るか、エレベーターしかなかったのが、エスカレーターができていた。

エスカレーターを降りると、大きなバス乗り場ができていた。以前あった、種田山頭火のとっくりのモニュメントの代わりか、山頭火の影が壁に印刷されていた。

駅のリニューアルは、今年9月からキララドームで行われる「山口ゆめ花博」に間に合った形だ。

小郡駅時代からはだいぶ変わった。新幹線側と在来線側を駅構内に入らないで行き来するには外の高架を使ってだいぶ大回りしないといけなかった。それが、両者を繋ぐ通路ができた。

通路の壁面の片方が本当の植物によるグリーンカーテンになっている。この生きた植物の壁は、この分野では著名なフランスのパトリック・ブラン氏によって設計されているとのこと。

これももう少し前からだが、新幹線の改札の前には、待合室とお土産の店やパンさんもできて綺麗になった。


山頭火の影が壁に印刷されていた。


















グリーンカーテンは気持ちを癒やす。

















在来線の切符売り場。

















在来線の改札。

















「山口ゆめ花博」のポスター。
















在来線の1階への階段。横にエスカレーターがある。



















バス停。















広くなったバス停。















2018年5月17日木曜日

訃報:西城秀樹逝く


西城秀樹が亡くなった。

昭和の歌謡曲が全盛期の時代に輝いた歌手だった。1972年に「恋する季節」で歌手デビュー。郷ひろみ、野口五郎とともに「新御三家」と呼ばれた。(ちなみに「御三家」は、橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦)

ハウス食品「バーモントカレー」のCMでは「ヒデキ、感激!」などのキャッチコピーがお茶の間の人気になった。

1974年の「傷だらけのローラ」が一番印象的だが、1979年の「YOUNG MAN」が最もピークの時だったかもしれない。「絶唱型」と呼ばれた歌唱スタイルが印象的だった。

48歳の時に最初の脳梗塞を発症。8年後の2011年に再発した。それからは、右半身のまひと、会話をする時の言葉に障害が残った。

それでも、デビュー45周年の節目となった昨年まで、精力的にコンサートのステージに立ち続けた。

16日、急性心不全のため横浜市内の病院で亡くなった。若すぎる死で残念です。


2018年5月16日水曜日

そうなんだ:ミスタードーナツのヒストリー


うちがよく行っていた道場門前のミスタードーナツがなくなって、長府にあったお店もなくなって、たまに宇部行って買うぐらいになってしまった。

最近CMもないし、ミスドはちょっと元気がないのかもしれない。

セブンイレブン、ローソン、ファミマなどのコンビニでもよく似たドーナツを置くようになって、なかなか辛いのかもしれない。

米国から上陸して話題になって行列ができていたクリスピー・クリーム・ドーナツもたくさん閉店に追い込まれているそうだ。

ミスドの歴史は、1955年米国ボストンから始まる。創業者はハリー・ウィノカー。今でもひげのコックのロゴに残っている(↓)。

日本のミスタードーナツのフランチャイズ権を購入したのが、清掃業が本業の「ダスキン」。

1971年に、日本のミスタードーナツ第1号店が大阪箕面のダイエー内にオープンする。現在全国に展開し1,000店舗を超える。

その後、米国のミスタードーナツは、世界最大のドーナツチェーン「ダンキンドーナツ」に買収されてしまう。

飲茶、ラーメン、ホットドッグなど日本ミスドはドーナツ以外にも力を入れて頑張っている。長い付き合いだけに、ぜひ生き残ってほしい。








広島ブログ