2015年8月31日月曜日

イスタンブールの景色(2)

イスタンブールの景色です。動画でお見せします。

1つめの、港の絵は黒海とマルマラ海(地中海)とをつなぐボスボラス海峡が見えます。ここから、船に乗ってアジア側の町まで行ってきました。

2つめは、イスタンブール、エジプシャンバザールの裏の問屋街。エジプシャンバザールは、観光客用ですが、裏にある問屋街は庶民が買い物をするところで、なんでも売っています。人の多さに圧倒されてのムービーです。





2015年8月29日土曜日

イスタンブールの世界遺産を見る

ドウバヤジットからイスタンブールに移動しました。大都会で、人が溢れています。トプカプ宮殿(↓)、アヤソフィア、地下宮殿と歴史地区の世界遺産を見ました。

トルコのヨーロッパ部分とアジア部分を隔てるボスボラス海峡が目の前。船に乗って2つの地区を往復しました。海風がさわやかでした。



2015年8月28日金曜日

ピルゾラとシシケバブーも美味しい ◎

またまた、トルコ、ドウバヤジットからです。ピルゾラとシシケバブーがこれまた美味しい。ピルゾラは骨付きラムチョップの炭焼き。味付けはシンプルだが、なかなか柔らかい。シシケバブーのプレートも頼んだが、こちらは牛肉の串焼きを串からはずしたものがのっている。どちらもプレートに、焼き飯が一番下に、レタス、焼きトマト、焼きシシトウがのり、三角のブレッドピデ(パン)がのる。これ以外にも、自動的に山盛りのパン、サラダ2種がついてくる。

ピルゾラ
こちらがピルゾラです。
シシケバブー
シシケバブーです。


2015年8月27日木曜日

ピデ(トルコピザ)が美味しくて ◎

トルコ、ドウバヤジット(Dogubayazit )という町に来ました。トルコとアルメニア、イラン、アゼルバイジャンの国境が近い場所です。2200mという高所にあり、この夏の時期でも暑くはなく、冬は雪世界だそうです。トルコピザの「ピデ」が一番美味しかったです。肉そぼろ、トマト、チーズなどがのっていて、チーズがなにより美味しい。


ピデ




2015年8月24日月曜日

今日は海外からBlog更新 カッパドキアから

今日は海外からBlog更新です。つながりにくいので、写真1枚をuploadするのが精いっぱいです。




2015年8月23日日曜日

チョウテンガンという金魚、ご存知?

チョウテンガンという金魚をご存知でしょうか?「頂天眼」と書きます。デメキンの突然変異から生まれ、目が頭の上にあり、天上を向いている(↓)。

ガラスの水槽がなかったころは、金魚は入れ物の上から鑑賞していた。中国の皇帝が「デメキンの目を上から見たい」ということで、小さな穴を開けた暗いカメの中でデメキンを何世代にも渡って飼い続け、ついにその眼を上げさせたという。

チョウテンガンは、背びれがなく、四つ尾で胴は比較的長く、視力はほとんど無く、嗅覚を頼りに餌を探す。このため、他の金魚と飼うのはと負けてしまうのでむつかしい。

中国門外不出の金魚と言われたが、今は日本でも手に入る。金魚はもともと、中国でフナを品種改良したもので、西欧人が犬猫を改良したのと同じように、中国人は金魚の改良に執着してきた。

スイホウガン(水泡眼 ↓)というのも同じように改良を重ねた金魚で、目の下に風船のように膨らんだ袋がついている。チョウテンガンの目の角膜のみが肥大化して袋になっているという。





2015年8月22日土曜日

桜島の噴火が目前かも?

桜島の噴火が目前になっている。警戒レベルが3(入山規制)から4(避難準備)に引き上げられた。5月には鹿児島県の口永良部島が噴火し、7月には同県の諏訪之瀬島が噴火している。また、霧島や阿蘇も警戒レベル2で予断を許さない。

地図(↓)で見てみると、これらが全部一直線に並んでいることがわかる。関連しているとしか思えない。前にもこのBlogで書いたが(ココ)、九州だけでなく日本全国で火山が活発化している。

実は、桜島はほぼ100年前 (1914年) に大噴火があった。このとき、錦江湾の島だった桜島が大隅半島と地続きになった。噴煙は,上空8,000Kmに達し,遠くカムチャッカ半島にまで灰を降らせた。

噴火に伴い、マグニチュード7.1の強い地震(桜島地震)が発生し、火山弾が家屋を焼いた。死者58人、負傷者112人、焼失家屋2268軒の大被害だった。

現在の桜島の火口の底に噴出物がたまり、「ふた」のように火口をふさいでいることが確認されている。ふたによって内部の圧力が高まり、より爆発的な噴火につながる可能性があるとのこと。

噴火は避けられないとしても、大きな爆発にならないことを祈りたい。先日、鹿児島県の川内原発1号機が震災後はじめての再開を果たしたが、なにもなければよいが。。



2015年8月21日金曜日

注意報:山口で髄膜炎菌感染症の感染

世界スカウトジャンボリーが、山口市の阿知須のきらら浜などで開催されて、無事に成功した。4年に1度の祭典で、日本での開催は44年ぶり。158の国と地域から約3万3千人が参加した。

ところが、参加した英国人3名が、髄膜炎菌感染症に感染した。厚労省が発表し、注意喚起している。特に、参加した子供や関係者に頭痛や発熱などの症状がみられた場合には医療機関を受診すること。

髄膜炎菌感染症は、髄膜炎菌による感染症で、感染者の鼻やのどからの分泌物に直接触れることで感染する接触感染。

感染すると、全身のけん怠感が生じ、感染部位によっては他の重篤な症状が発生する。脊髄で感染が広がると髄膜炎、血液で広がると敗血症になる。重篤になってしまうと、10~15%の患者が死亡するといわれている。

発症せずに咽頭や鼻腔で細菌が長く留まる感染者がいて、健康保菌者として他の人にうつすことになる。

治療は、抗生物質を点滴で入れて細菌を殺すが、細菌がある程度増えてしまうと効果が薄くなる。早い治療が大事。


髄膜炎菌




2015年8月20日木曜日

目からウロコ:ゴーヤーの良いところ全部マトメました

今年は緑のカーテンの1つとして、ゴーヤーを植えている。(ずっと「ゴーヤ」だと思っていたら、「ゴーヤー」と伸ばすのが正しいらしい)。

アバシゴーヤーという、苦みが少なく少し短めの実がなる種類を植えた。アバシは、ハリセンボンという魚(沖縄名:アバサー)に似ているのが由来。現在、最盛期で、どんどん実がなっている。

ゴーヤーを植えたことがある人は知っていると思うが、緑色の実が突然黄色に変わる。色が変わりはじめたと思ったら、1日くらいで完全に黄色になる。それから実はシナっとして中の種が見えるようになる。

このシナっとする前の黄色の状態が完熟状態。それまで種の色は白だったのが、真っ赤になる。完熟のゴーヤーは食べることができ、苦みがほとんどなくなり甘みさえある。赤い種のまわりはかなり甘くなる。野菜室で放置して黄色くなったゴーヤーは捨てるのはもったいないので、ぜひ、ゴーヤージュースなりスムージーに。

うちでの緑のゴーヤーの料理は2種。ゴーヤーチャンプルと天ぷら。天ぷらは今年初めて試してみたら、山菜天ぷらみたいで、なかなかイケる。

ゴーヤーはニガウリというくらいで、この苦みが美味しい。

ところで、ゴーヤーのワタが苦みという人がいるが、ワタには苦みはない。ワタは食べられないわけでないが、普通はワタを除いたのち、2mmくらいの厚さに切って塩もみする。これで苦みが減る。適度な苦みを残すのが大事。

おススメの天ぷらの場合は、下処理なしで切ったものをそのまま天ぷらに揚げればよい(↓)。

ゴーヤーは、ビタミンCを多量に含んでいて、100g当たりで76mgで、レモンが50mg、キュウリの14mgと比べても多い。(ところで、調べていて初めて知ったのだが、シシトウ(57mg)、ピーマン(76mg)のビタミンC含量が案外高い。)

ゴーヤーの苦味成分は「モモルデシン」。胃液の分泌を促す働きを持っているので、健胃作用、食用増進作用がある。夏バテにもってこい。

また、「チャランチン」という成分は、血糖値を下げる効果があり、「植物インスリン」とも呼ばれ、糖尿病治療にも効果がある。

他にも、ビタミンB1やB2、葉酸、カリウム、カルシウム、鉄分、食物繊維と言うことなしのヘルシー食品。ぜひ、積極的に利用しましょう。


ゴーヤーチャンプル
ゴーヤーチャンプルです。スパムがきめて。

ゴーヤー天ぷら
ゴーヤー1

ゴーヤー天ぷら。おススメです。

















緑のカーテンに実がなっている。







ゴーヤー2







ゴーヤーの実と花。









ゴーヤー3








黄色になってさらにシナっとなったところ。中の赤い種が見える。



2015年8月19日水曜日

尾道お好み焼きを初めて食す これは◎

尾道といえば、尾道ラーメンが有名だが、尾道お好み焼きというのもあった。実は、今回尾道まで行って初めて知った。

尾道駅の近く、2号線沿いにある「あそう」という店に入った。人気の店のようで、大きな店ではなかったが、人でいっぱいだった。

広島風のお好み焼きは、大阪風とちがってヘルシーなところが気に入っている。尾道風というのは、広島風と大阪風の中間のようなお好み焼き。

広島風と同じように、まず小麦をクレープのように広げる。キャベツの千切りが山盛りのり、次に麺がのる。広島風だと麺は炒めるが、尾道風は炒めないようだ。モヤシがないのも違う。

具としては、砂ずりといか天がキホンらしい。もちろん、豚肉、餅、チーズなどトッピングは何でもあり。

広島風と決定的に違うのが、具をのせた後に、その上から生地を入れるところ。最後は、卵を割って広げた上に全体を載せる。

生地が増えるため、大阪風お好み焼きのような「粉もの」に近づく。お好みソース、マヨネーズ、カツオ粉、青のりをかけて完成。

広島風お好み焼きのヘルシーであっさりなのと違って、「粉もの」を感じるおススメの美味しいお好み焼きだった。


尾道お好み焼き1

尾道お好み焼き2

2015年8月18日火曜日

知らなかった蚊取り線香の歴史が面白い

蚊取り線香キンチョウの歴史がなかなか面白い。商標名の金鳥の方が有名だが、会社の名前は、大日本除虫菊株式会社。

和歌山県の上山英一郎は、1886年に福沢諭吉から紹介されたH.E.アモアより除虫菊の種子を譲り受ける。最初は粉末状で、ノミ取粉として使われ、火にくべて蚊などの駆除にも使われた。改良を重ね、1890年に世界初の棒状蚊取り線香「金鳥香」が誕生した。

仏壇に使う線香のように立てて使ったのだが、点けてから40分ほどで消えることや倒れて火災が発生することが問題になった。

現在の渦巻き形の蚊取り線香は、1895年からで、上山の妻ゆきの発案という。渦巻き形にすることで、安全性が増し、燃焼時間が長くなった。渦巻きの全長は75cmで、一度の点火で7時間使用できる。(現在はさらに長いもの、短いものもある)

除虫菊の原産国は地中海のセルビア。日本に伝わったあと、国内の主産地は広島県因島市(現尾道市)だった。現在は除虫菊の有効成分であるピレスロイドが人工合成できるので、電気蚊取りやスプレーとしても使われてきている。

ピレスロイドは、昆虫類・両生類・爬虫類・魚類の神経細胞上の受容体に作用し、Na+チャネルを持続的に開くことにより脱分極を生じさせる神経毒。哺乳類・鳥類の受容体に対する作用は弱いので、ヒトには安全性の高い殺虫剤。

ちなみに、現在の蚊取り線香は、本当の除虫菊を使っている特別のものもある(↓)が、安い分は線香にピレスロイドを染み込ませたもの。なんとなく昔から使っていて、自然のものを使っていると思ったら、フェークだったわけだ。

蚊取り線香は、子供のころから使っていたのでその煙の匂いは嫌でもなく、むしろなぜか落ち着くが、今は庭作業する時に使うだけで、家の内では電気蚊取りを使っている。発展途上国では、デング熱など蚊の対策のために金鳥の蚊取り線香はよく売れているという。


金鳥


2015年8月17日月曜日

廣島つけ麺本舗「ばくだん屋」行ってきた

広島に日本水彩画展に行ったあと、昼ご飯にしようと店を探していると、たくさんの人が並んでいる店があったので並んで入った。廣島つけ麺本舗「ばくだん屋」(↓)。

この店、後で調べてみると、広島県内に12店舗、福岡県に3店、岡山、愛知、沖縄、香港に1店づつあるチェーン店。

よく知らなかったが、広島はつけ麺の歴史は古い。

1950年代に東京で始まったラーメンをつけ汁で食べる「つけ麺」は、2000年代に入って広島で冷麺に似たつけ麺ブームを作る。元々は1954年創業の「新華園」という広島の老舗がはじめた"冷麺"というメニューが元祖という。

いただいたのは、廣島つけ麺(802円)で、麺の見た目は白くそうめんのような感触。チャーシュに加え、ゆでたキャベツ、キュウリ、ネギがついている。つけ汁は醤油ベースで、煎ったゴマがたくさん浮いている。

辛さを聞かれたので、5倍にしてみた。隣のカップルの女性が3倍、これを聞いた男性が4倍にしていた。実際食べてみると、10倍くらいの方がよかったかも。

麺をつけ汁につけて食べ始めると、たくさんのゴマのバリバリという食感が広がる。麺そのものの味わいがもうひとつだったが、全体の味はまずまず。ゆでたキャベツでだんだんつけ汁が薄くなっていくのはペケ。


ばくだん屋1

ばくだん屋2

2015年8月16日日曜日

日本水彩画展 広島八丁堀福屋に行ってきた

広島市の福屋八丁堀本店で開催の日本水彩画展に行ってきた。東京で毎年開催している全国公募の優秀作品60点に加え、広島展では地元作家の作品を合わせた計140点を展示していた。毎年開催していて、かなりレベルが高い。

水彩といっても、透明水彩絵の具で淡い色調で描く作品もあれば、ガッシュという不透明の水彩はまるで油絵のように絵の具を盛れるもので豪快に描かれたものもあった。

人の入りは思った以上に多かくほぼ満員。広島での開催期間は、8/6(木)~12(水)と短いのが残念だ。全体には、身近な景色や手元にあるものなどをモチーフにするものが多く、「かっとんだ」ものが少ないのが残念。技術的にかなり高い作品がいくつもあった。

日本水彩画展の今後の巡回は以下の通り。

仙台展 メディアテーク
8月21日(金)~8月26日(水)
■京都展 京都市美術館
9月15日(火)~9月20日(日)
■松山展 愛媛県美術館
9月22日(火)~9月27日(日)


日本水彩展




安倍総理70年談話のだいじな視点

14日に安倍総理70年談話が発表された。1月に談話を出すと発表後、中国、韓国などから、ことあるごとに「反省」し「おわび」をいれるべきとプレッシャーを受けてきた。また、日本のマスコミもバカみたいに中国、韓国の反応を伝えてきた。

戦後50年の「村山談話」と戦後60年の「小泉談話」と、節目の年に総理大臣から発表されてきた。そこでは、「植民地支配と侵略」と「痛切な反省と心からのおわび」が継承されてきた。

安倍談話は、これを一歩進めた。「日本人の8割以上が戦後の人となった今、次の世代に謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」と。「戦争をしない」、「侵略しない」、という誓いと合わせて、「おわび」に終止符を打ちたいと間接的に述べた。

談話は、第3者的でどこの国の視点に立っても成り立つ内容で、西欧の侵略の歴史から起こして、日本だけが悪くないとの言い訳にもとれるが、中国、韓国にいつまでも外交政策で利用され、降り回される「おわび」から決別する論理を展開している点で評価したい。(下に、全文を記載)

しかし、この談話でもっとも評価したいのは、内容より、1月の談話を出すと発表したこと。安保法案など右寄りの安倍首相がどのような談話を発表を出すか、中国、韓国は疑心暗鬼になったに違いない。意図したかどうか分からないが、短い寿命ながら日本に新しい外交カードが出来た瞬間だった。

ところで、12日、韓国を訪問中の鳩山元総理が、ソウル市内にある西大門刑務所の跡地(西大門刑務所歴史館、韓国では“抗日”の象徴)を訪問し、そのモニュメントに向かって、元総理として土下座して「おわびの気持ちをささげる」と繰り返し、韓国のマスコミに取り上げられた。この宇宙人の行為には呆れるばかりだ。


安倍談話





















安倍総理70年談話(全文)

終戦七十年を迎えるにあたり、先の大戦への道のり、戦後の歩み、二十世紀という時代を、私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならないと考えます。

 百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。

 世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。

 当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。

 満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。

 そして七十年前。日本は、敗戦しました。

 戦後七十年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。

 先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。

 戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。

 何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。

 これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。

 二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。

 事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。

 先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。

 我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。

 こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。

 ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々の辛い記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。

 ですから、私たちは、心に留めなければなりません。

 戦後、六百万人を超える引揚者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた三千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。

 戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。

 そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。

 寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。

 日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。

 私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。

 そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があります。

 私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。

 私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。二十一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。

 私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります。繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。

 私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。

 終戦八十年、九十年、さらには百年に向けて、そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。その決意であります。

平成二十七年八月十四日
内閣総理大臣  安倍 晋三

2015年8月14日金曜日

知らなかったお薬を安くする方法 薬局で

医薬分離になってから、病院で出された処方箋を持って、薬局まで行ってお薬を処方してもらうのが普通になった。

しかし、今でも病院が薬を処方する場合もある。実は、病院で薬を出してもらう方が安くなる。薬局では、多数の薬を管理しているという理由などで、その分高くつく。

薬局でジェネリックでもよいですかと聞かれることがある。ジェネリックそのものは新薬より安くなるのだが、薬局では、ジェネリックを促進していると点数を高くできる。

薬剤師のお客に対する行為も、医者と同じで、調剤報酬点数表に従って加算されて支払い額が増えていく。

たとえば、薬の説明を聞くだけで「薬学管理料」が加算される。糖尿病で毎回同じ薬をもらう場合、同じ説明を聞かされても、無駄なお金を取られることになる。説明はいらないと断れば、支払う必要はない。(41点)

「お薬手帳を持っていますか」と聞かれるが、持っていないというと、「作りましょうか?」と言われて、新しく手帳を作ってもらって記入してもらうと、「薬剤服用歴管理指導料」が加算されてしまう。いらないと言えば、支払う必要がない(15点)

一方、お薬手帳を持参した場合、薬剤服用歴管理指導料が70円安くなる。

点数は、1円計算だが、1割負担だと9倍が税金で支払われることになる。日本は薬をムダに多く使っている国で、服用しなかった「残薬」だけで、年400億円を超えるといわれている。皆で節約を心がけましょう。


おくすり手帳


2015年8月13日木曜日

金魚を庭の水瓶で飼うプロジェクト(3)

昨年、庭に新たに大きな水瓶を買ってきて、庭で金魚を飼おうという計画を立てた。(以前のBlogはココ

昨年から冬眠越冬した金魚は今も元気にしていて、だいぶ大きくなった。

アオコが増えて金魚がほとんど見えない問題があった。アオコのために金魚がすぐに死ぬことはないにしても、夜はアオコも水中の酸素を使うので、魚にはよくないはず。

これの解決のために、あたらしい水にどんどん置き換える手もあったが、金魚を含めて魚は水に敏感ということなので、この方法はとれない。

アオコを減らすためには、他に水に含まれる栄養分を減らす方法もあるが、金魚にはエサが必要で、排泄されるフンなどの栄養はなくなることはない。

アオコを除去する専用の薬もある(↓)が、これは最後の手段と考えた。

アオコは、微生物だが光合成をする緑の植物なので、水瓶に元気な他の植物をいれて、アオコに使われている栄養を吸収してくれれば、アオコの増殖を抑えられるにちがいない。

ジュンテンドーでホテイアオイを買ってきて、6月に浮かべておいた。案の定、ホテイアオイはしっかり育ち、水質がどんどんよくなっていった。今では、水瓶の底にいれたじゃりがしっかり見えるまで透明になった。

これで、金魚が底のほうにいても見えて観察できるようになった。

毎朝、1回だけエサをやっているのだが、金魚の鼻が手で触れるほどに近くなってもだいじょうぶになるほど慣れてきた。

夏場、直射日光が当たらないように、日陰よけをつけてみた。下の写真の青い矢印は小さいが金魚。

金魚プロジェクト3

2015年8月12日水曜日

ロッテのお家騒動 韓国と日本で

韓国ロッテと日本ロッテの間で、お家騒動が起こっている。ところで、ロッテといえば、野球チームを持つ日本の会社と思っていた。韓国にもロッテはあるのは知っていたが、日本のロッテとの関係はよく知らなかった。

ロッテは、創業者の重光武雄氏が戦後昭和23年にチューインガムの製造・販売を手がける会社として設立した。「グリーンガム」や「クールミントガム」がヒットした。他にも、「雪見だいふく」や「コアラのマーチ」、「ビックリマンチョコ」など次々にヒット商品を生み出す。

お菓子メーカーの枠を越えて、昭和47年には、ファストフードの「ロッテリア」を設立。さらに、「クリスピー・クリーム・ドーナツ・ジャパン」も。さらに「ロッテホールディングス」になりゴルフ場やホテルの経営など経営の多角化を進めてきた。

重光武雄氏は、在日韓国人で韓国生まれ。韓国名はシン・キョクホ。昭和40年代には、韓国でも事業を展開し、ホテルを始め、テーマパークやデパート、それに建設などにも事業領域を広げた。現在、韓国ロッテは韓国5位の大手財閥に数えられる企業グループ。

経営権をめぐる争いは昨年末ごろに始まった。日本事業を任されている長男の重光宏之氏が突然解任された。その後、韓国事業を任されていた次男の重光昭夫氏が、ロッテ・ホールディングスの共同最高経営責任者(CEO)のポストに就いた。

しかし、7月に武雄氏と宏之氏は、ロッテ・ホールディングスの東京本社に押しかけ、昭夫氏と5人の取締役を解任した。昭夫氏も対抗して、取締役会を開いて、武雄会長の代表権を外し、取締役名誉会長とする人事を決めた。兄弟間の争いは続いている状況だ。



ロッテリア1


2015年8月11日火曜日

知らなかった「図星」の深イ意味

人の考えを当てたとき、「図星だな」や「図星を突く」とか使う「図星」だが、これは、弓道のまとの中央の黒い所のことだった。知らなかった。射的は白い的(まと)の中央が黒くなっている(↓)。

「まとを射た表現」などというのも、射的のまとを使った表現。「的確」などもそこから来るのかしら。

「図星」には、弱み、急所という意味もある。一説には鍼灸用語で、体のツボに墨でつけた点のことで、そこから急所をさす意味が生じたともいわれている。

「図星を突く」と同じような言葉に、「正鵠を射る」というのがある。核心をつくとか、物事の急所を正確に押さえるという意味。

「鵠(こく)」は的の中心を意味する。「正鵠」という言葉は古代中国で生まれ、的の中心の黒いところ、すなわち「図星」の意味。「図星」と同じで、物事への核心の意に転じた。

ちなみに、「正鵠を射る」「正鵠を得る」は現在どちらもOK。「まとを射る」「まとを得る」もOK。ところで、「目星をつける」、警察用語の「ホシ」も、「図星」と関係しそう。今度調べてみる。


図星1



2015年8月10日月曜日

魚も鳥も自分を格付けできる! なるほど最新研究から

飼い犬は、飼い主の家族のなかで自分の格付けを最後から2番めに置くという。例えば、夫婦、長女、次男がいる家庭で犬を飼っていると、犬は長女と次男の間に自分を格付けするという。パックリーダー論と言われ、犬のしつけに応用されたりするが、この考え方は最近疑問視されてきている。

ところが、魚とニワトリについて、そのグループ内で自分を格付けすることが、別々の研究チームによって最近報告された。

ニワトリのオスが、朝「コケコッコー」と鳴く順番は、グループ内で序列が高い順になっているという。

ニワトリのオス同士は戦って強い順に序列を決めていて、最上位のオスは優先的に餌を食べたり、交尾をしたりできる。朝、その1位のオスが鳴いてからしか、2位のオスは鳴かないのだ。

魚も同じような格付けができる。研究チームは、アフリカ産の淡水魚「ジュリドクロミス」のオスを実験に使用した。この魚は、個体識別能力があり、戦って負けた相手から逃げるなど「劣位行動」を取ることで知られている。

実験では同じ大きさの3匹のうち、まず2匹の魚を水槽に入れて戦わせ、勝った魚をB、負けた魚をCとした。その後、Bがもう1匹のAと戦って負けるところを水槽越しにCに見せた。

次に、CとAを対面させると、Cは戦っていないにもかかわらず。Aから逃げる行動を取ったという。CはBに勝てなかったので、Bに勝ったAには勝てないと判断したと考えられ、自分を格付けしたわけだ。

これをみると、犬も自分を格付けできてもおかしくない。


ニワトリ2

2015年8月9日日曜日

スマホ 夏の熱で膨張 爆発炎上も

台湾で スマホを車のダッシュボードに置いて爆発し、車のフロントガラスも大破する事故(↓)がニュースであった。メーカーによると外気温の上限は35度であるという。

このような条件でスマホを使っていると、バッテリーやメモリの発熱が内部にたまって、バッテリーの内部が液状化して変形し液晶やボディが割れてしまうことがある。

それでなくとも、35度すぎると、アドレスなどメモリーが消える可能性もある。このような温度では、使用を止める必要があるが、止めたつもりでも、消し忘れアプリが裏で動いていて温度が上がるケースも多い。

温度が上がりすぎたら、ケースをはずすなり、SIMカードを抜いて、熱を逃がすことが必要。

充電器つないだままゲームなどすると温度がどんどん上昇するので、止めた方がよい。暑くなったからといって、冷蔵庫にいれてはいけない。出したとき、内部に結露が生じて故障の原因になる。

ズボンのポケットなど、スマホが体に密着した状態だと、汗で湿ってしまい、これも故障の原因になるし、最悪の場合、発火して大やけどする可能性もある。2009~14年でやけどの事故は458件と多い。

スマホが熱くなったら使用を中止することが大事。車中で利用できる電動ファン付きホルダーや放熱効果のあるシートなど、熱を軽減するグッズを使用することを考えましょう。


スマホ事故







2015年8月8日土曜日

いまさら聞けない:アスベストのアブなさ 

5日に山口県山陽小野田市の「中国アセチレン」の工場内の多数のガスボンベが破裂し、ボンベに含まれるアスベスト(石綿)が飛び散ったとニュースがあった。最大約120kgが広い範囲に飛散した可能性があるという。

アスベストは、髪の毛の5,000分の1(直径0.02-0.35 μm)とう細い繊維からできている鉱物(繊維状けい酸塩鉱物)。安価で耐熱性、保温性があるので、断熱や火災防止のために建物の壁や天井に吹き付けされたり、自動車、列車など様々なところに使われてきた。

ところが、アスベストを扱っていた人がたくさんガンで死亡することがわかり、発がん性があることが確認された。細い繊維が肺などに残り、肺ガンや肺線維症(じん肺)を引き起こすのだ。

吸引してから発病までの潜伏期間が10年以上と長く、放射性物質と同じで「静かな時限爆弾」と言われている。

日本では1975年に吹き付けアスベストの使用が禁止され、0.1%以上含む製品の出荷が原則禁止になっている。

アスベストは、その繊維が微細なため空気中を長く漂い、それを人が吸い込むのが問題。そのため、昭和のアスベスト吹き付けした建物などを解体する時は、飛散しないようビニールなどで覆いながら、解体作業者は作業するとき防護服や特別なマスクをつける必要がある。

さて、今回のボンベ爆発事故で、なぜアスベストが使われていたかだが、アセチレンは非常に不安定で、圧縮ガスとしてボンベに貯蔵していると火がなくても爆発することがある。アセトンを浸みこませたアスベストをボンベに入れておくと、アセチレンは安定になり爆発することがなくなる。

爆発した工場の近郊の空気にはアスベストが飛散しているはずなのに、2カ所の測定結果では基準値以下との県の発表はちょっと不安が残る。


アスベスト




2015年8月7日金曜日

宇部フジグラン「たこ物語」行ってきた

ローカルな話ですいません。今年の4月に、美祢市の道の駅「みとう」の横にある「さいさい美東」内にある、たこ焼き店「たこ風船」が閉店したことを書いた(以前のBlogココ)。これは、個人的には大問題で、美味しいたこ焼き屋さんを新たに探さないといけなくなった。

山口市には、たこ焼き店は、数えるくらいしかないが、どれも残念というか普通レベル。「たこ風船」はそのような中見つけた本物だった。

「たこ風船」はチェーン店ということで、調べると、宇部市のフジグランにある「たこ物語」が同じチェーンというので、出かけてみた。

「たこ物語」のたこ焼きは、基本は同じでだしが効いていて、まずまずOK。値段が8コで520円。閉店した美東店のは、480円だった。たこ焼きの大きさもだいぶ違って、美東店の方がひとまわり大きい。

たこ焼き器の穴の大きさは同じだが、そこに溢れるようにタネをそそぎこんで、これも含めてたこ焼きのサイズが大きくなるのだが、これができていない。大きくすることで、より外がパリッとし、内がトロッとするのだ。年季が入った人だけが出来るワザだが、それが十分できていない。

今後も、たこ焼きフリークとしては、理想のたこ焼き屋を探して歩くしかない。


たこ焼き

2015年8月6日木曜日

知らなかった「信号」の3色の深イ話

信号には、赤、黄、青の三色が使われているが、この色に関する深イ話です。

信号の色は、世界中赤、黄、青の三色が基本。横向きの信号の場合、左から青、黄、赤の順番に並んでいて、縦向きの信号の場合は、赤、着、青の順番。

横向きの信号のうち、一番重要な色は赤なので、街路樹などで信号が半分かくれてもよいように、赤は一番道路中央側になっている。

さて、止まれを赤にするのは、赤が心理学的に警戒色だから。注意喚起をうながす効果がある。赤色には、交感神経を刺激し、血圧を上昇、興奮させる効果がある。

(闘牛で、赤のマントを使うのは、牛を興奮させると言われていたが、牛は色盲なので、本当は見物の人を興奮させる。 牛はマントの動きに反応するだけ)

調べてみると、他にも、赤は波長が長いので、空気中のチリなどで吸収されにくく、遠方からでも見やすいという、もっともらしい理由もあった。

確かに、夕方傾いた太陽が赤色に見えるのは、そのような理由だが、実際信号を見ると、赤より青の方が遠くからでも目立つように思う。

さて、青色だが、赤色とは反対で、副交感神経を刺激し、人を冷静にさせる。飛び降り自殺の多い電車の駅で、青色照明に変えた結果自殺を抑止できたとの報告もある。

黄色も目立つ色。踏切の遮断機などの黒と黄色の縞からわかるように、黄色にも警戒色としての性質がある。

世界中見渡しても、信号はすべて同じで、赤は止まれ、青はススメになっている。海上を航行する船にとって、共通の信号は大事なためかもしれない。

ところで、スラムダンクのなかの名言「 赤は止まれだ」(桜木の頭が赤だからケンカはやめとけ)、分かります?


赤は止まれだ


2015年8月5日水曜日

住みやすい都市ランキング2015 日本編

「住みよさランキング」は、東洋経済が全国の都市を対象に毎年公表している。2015年のランキング結果が発表された。

「住みよさランキング」は、公的統計をもとに、それぞれの市が持つ“都市力”を、「安心度」、「利便度」、「快適度」、「富裕度」、「住居水準充実度」の5つの観点に分類し、採用15指標について、それぞれ平均値を50とする偏差値を算出、その単純平均を総合評価としてランキングしたもの。

今年の「住みよさランキング」総合評価1位は千葉県印西市、2位が愛知県長久手市、3位が石川県能美市となった。

2012年のランキングで1位となった千葉県印西市は、今回で4年連続のトップ。印西市のほか、長浜市(滋賀、1995~1997年)、大曲市(秋田、1999~2001年)と、これまで3年連続トップの例はあったが、4年連続は調査開始以来、初めてとなった。

1996年3月に千葉県内29番目の市として誕生した印西市は、その後2010年3月に印旛村・本埜村と合併し現在の市域となった。1980年代半ばの北総線「千葉ニュータウン中央」駅開業とともにニュータウンへの入居開始を機に人口流入が開始。その後、1990年代に入り、北総線の都心への乗り入れや延伸によるニュータウン区域の拡大で、さらに人口の増加が進んだ。

中国・九州地方では、20位に山口県下松市が入っているだけ。都会にない住みやすさや地震の少なさなどのファクターを入れれば、もっと変わってくると思うのだが。

さらに「住みよさランキング」をみるには、ココへ。

住みよさランキング2015


2015年8月4日火曜日

知る人ぞ知る日田焼きそば:想夫恋本店に行ってきた

「日田焼きそば」というのを聞かれたことがあるでしょうか。大分県日田市のソウルフードで、想夫恋(そうふれん)というお店が発祥。ずっと「そふれん」だと思っていたら、今回初めて「そうふれん」だと知った。その本店に行ってきた。

想夫恋は、日田市の角 安親氏が生み出した独特の焼きそばで、昭和32年に創業、現在店舗は大分・福岡・佐賀など九州を中心に40店以上ある焼きそば専門の外食チェーン。

普通の焼きそばと違って、いわゆる焼きそばソースのようなソース味はほとんどしない。もやしが多めで、細切りの豚肉が特徴。少し焦がし気味で香ばしく、麺のパリッとした食感も美味しさのうち。ソース味の焼きそばと違って、麺や野菜の味がはっきりしていて美味しい。

細切りの豚肉は油の少ない肉でヘルシーかもしれないが、薄切りのばら肉入りの焼きそばに慣れた者としては、薄切り肉バージョンを選べるとうれしいところだ。

店内は昼時であったためか、お客で満員状態だった。今まで、いろいろなところの想夫恋の支店に行ったが、店によって微妙に味が異なる。時には、焦がしすぎていたり、味のバランスが悪かったりするが、ここのはさすが本店、しっかり満足できた。

山口市にも「バリそば」というのがある。「山口ご当地そば」とかいう風にもう少し宣伝するとよいのにと思う(以前のBlogココ)。






2015年8月3日月曜日

山口七夕ちょうちん祭り 2015

山口七夕ちょうちん祭りが、8月6、7日で開催される。室町時代の大内氏の時から続くお盆行事。主に、道場門前アーケードとパークロードが会場。そのほか町中様々な所でもちょうちんが飾られる。

このちょうちん、本物のろうそく火が灯っている。このため、まれに燃えているちょうちんをみかけるコトも。アブないとは思うが、炎の独特なオレンジ色、それに炎の揺らぎもあり独特な雰囲気。

アーケード内でろうそくに火が灯されるのは全国的にも珍しい。他にもちょうちんツリーやすだれちょうちんなどの巨大オブジェもある。

提灯の山車も出て、人だらけになる。ただ、けっして会話ができないほどの大きな音がない静かな祭りで、時間がゆったり流れているようで、そこがよい。

泊まるなら、湯田温泉。もう予約しても遅いかも。湯田温泉の旅館からは臨時のちょうちんまつりバスが出る。ライトアップした国宝瑠璃光寺五重塔も見れる。交通規制やイベントの詳細はココ


ちょうちん祭


2015年8月2日日曜日

萩・日本海大花火大会に行ってきた 2015

先週の秋吉台花火大会に続いて、萩に行ってきた。萩の花火大会は、実は今回が初めて。萩は、大河ドラマ「花燃ゆ」の放映があり、先月には世界遺産にも選ばれ、今年は当たり年。

土曜の17時に山口市を出発した。秋吉まで行き、小郡萩道路に入ると、延々渋滞。また萩の町に入る手前(元の萩有料道路)でまた渋滞。やっと明倫小学校の駐車場に入れる。

この時点で、19時20分。萩まで来るのに2時間20分もかかってしまった。

花火は菊ヶ浜の海から打ち上げられる。シャトルバスも出ていたが、行列になっていたので、菊ヶ浜に向かって、人の流れに従って歩くことにした。

途中、住吉神社を通る。お祭りらしく、神楽をやっていた。露天がいくつも出ていたが、人だらけ。キュウリの浅漬けをそのまま一本割り箸でさして売っているのは、初めてみた。

菊ヶ浜の浜そのものは、立ち入り禁止になっていて、観覧するのに浜に沿った道にシートを敷いて座って見ていた。延々道路は人でいっぱい。

20時に、責任者の挨拶から始まり、花火のスポンサーやプログラムを毎回紹介しながら、花火が打ち上げられる。全部で7,000発。海の2、3カ所から同時に同じ花火が上げられる。

花火をみるのを妨げる大きな建物など何もなく、気持ちよく楽しめた。ただ、風がほとんどなく、煙でせっかくの花火が見えず、観覧者皆でア〜アとため息をつく場面が何度もあった。

花火は21時に終わった。帰り萩から出るまでまた車の渋滞に会う。渋滞の原因をみてみると、多数の信号が問題。交差する車がまったく通らない赤信号がいくつもあった。花火帰りの多量の車を優先するように、警察による誘導をすれば解消できると思う。

花火は気持ちよかったが、渋滞に疲れてしまった。


キュウリ一本

萩花火




東京五輪エンブレムのデザイン「そっくり」問題

2020年東京五輪のエンブレムのデザインが、ベルギーのリエージュ劇場のロゴ(↓)と「そっくりだ」と問題になっている。

さらに、東日本大震災の時に寄付を募るために、スペインのデザイン事務所が手がけたロゴ(↓)とも、黒、赤、金などの色づかいなどがそっくりだという。

見ると、まったく同じではないが、たしかに参考にされた、まねされたと言われてもしかたない。スペインのデザイナーは、IOCにデザインの使用差し止めを訴えている。

東京五輪のエンブレムをデザインしたのは、アートディレクターの佐野 研二郎氏。選考委員は当然、あらゆるデザインと似ているかを調べたはずだが、十分でなかったのがまず問題。

東京五輪のデザインは「東京」「チーム」「トゥモロー」の頭文字を取った「T」がモチーフ。すべての色を混ぜ合わせるとできる黒で「多様性」を表現し、日の丸の赤を盛り込む和風テイストになっているという。

2010年の中国上海万博のPRソングが日本の歌のパクリ(?)だったが、それを笑っただけに、もう少し慎重に選ぶべきだったろう。



寄付を募るために















エンブレム2

2015年8月1日土曜日

日焼け対策の切り札 ラッシュガードて何?

ラッシュガードというのは、サーフィン、ジェットスキーなどマリンスポーツのウェアから、海水浴などで、水着の上に着る服にもなって、幅広く使われている。

ラッシュガードは、もともと潜水などのウェットスーツのアンダーウェアだった。海水を吸水しにくく、軽い素材でできていて体にピッタリのウエア。

サーフィン、ジェットスキーなどでも使われるようになった。海の砂や岩などでケガをしないためだったが、日焼け防止機能が追加されるようになる。サーファーにとってラッシュガードは、クラゲなどに刺されないメリットもある。

ラッシュガードというのは、英語でrash guardで、海砂や日光で皮膚にrash(できものやキズ)ができないようにという意味。

サーファーなどにとっては、ラッシュガードは水着でもある。実際、海水を吸水しにくい軽い素材でできているので、ラッシュガードを着たまま泳ぐこともできる。

ラッシュガードは水着を越えてさらに進化して、パーカーのように水着の上着のようなものもラッシュガードと呼ぶ。

一方で、ラッシュガードは、もともとのアンダーウェアとしても進化していて、スキー、スノーボード、さらにオートバイなどで使われ、こちらは保温などが目的で使われている。


ラッシュガード